オリンピックや万博では、なぜ開催予算が雪だるま式に膨らむのか。オックスフォード大学学科長のベント・フリウビヤ氏は「市民に公表される予算はいわゆる『頭金』に過ぎない。本当のコストは、計画段階ではなく実行段階で明らかになるからだ」という――。

※本稿は、ベント・フリウビヤ『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

オリンピック・パラリンピックのために装飾されたフランス・パリ市庁舎のファサード
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「ビジネスではスピードが肝心」の落とし穴

ときに「行動あるのみ」という言い回しで表される、行動へのバイアス(実行重視の姿勢)は、ビジネス界では一般的であり、必要とされている。

時間の浪費はたしかに危険を招く。「ビジネスではスピードが肝心だ」と、ジェフ・ベゾスはアマゾンの有名なリーダーシップ原則に書いている。「多くの意思決定や行動はやり直すことができるから、大がかりな検討を必要としない。計算した上でリスクを取ることには価値がある」

ただし、ここで注意したいのは、ベゾスが実行重視の対象を、やり直すことができる「可逆的」な意思決定に周到に限定していることだ。この種の意思決定で時間を無駄にしすぎるな、とベゾスは諭す。何かを試してみよう。うまくいかなかったら、やり直したり、別の何かを試したりすればいい、と。

これはまったくもって筋の通った考え方だが、大型プロジェクトの決定の大半には適さない。なぜなら、やり直すことが非常に難しいか、コストがかかりすぎるため、実質的に「不可逆的」だからだ。ペンタゴンを建てたあとで、景色が台無しになることがわかったからといって、取り壊して別の場所に建て直すわけにはいかない。

経営幹部の思考回路は「実行>計画」になりがち

こうした実行重視の姿勢が組織文化に組み込まれると、可逆性のただし書きは忘れ去られてしまう。残るのは、一見どんな状況にも当てはまりそうな、「行動あるのみ!」のスローガンだけだ。

「経営幹部向け教育クラスの受講生を調査したところ、幹部はタスクを計画しているときよりも、実行しているときのほうが生産的だと感じていることがわかった」と、経営学教授のフランチェスカ・ジーノとブラッドリー・スターツは書いている。「とくに、時間に追われているときは、計画立案に労力を費やすのは無駄だと感じる傾向にある」

これをより一般的な行動に置き換えると、大型プロジェクトに関する決定を下す企業幹部などの権力者は、計画立案にじっくり時間をかけるよりも、手持ちの情報だけを見て瞬間的に判断を下したがる、ということになる。これはジェフ・ベゾスの提唱する実行重視ではなく、「計画軽視」の姿勢である。

こういうふうに説明されれば、これがまずい考えだということはすぐわかる。だが忘れないでほしいのだが、この考えを生んでいるのは、プロジェクトをとにかく早く始動させ、作業が始まるのを見届け、プロジェクトが前進している具体的な証拠を得たいという欲求である。