転職ロマンな人はなぜ「非合理」な決断をするのか。彼らの2つの共通点
転職にロマンを見いだす本連載もおかげさまで11回目を迎えた。今回登場してくれる広島県在住の木内智子さん(仮名、40歳)を含めた取材対象者の話を振り返ると、共通点が2つあると感じている。1つは、良くも悪くも飽きっぽいこと。同じようなメンバーで同じ業務をそつなくこなす毎日には満足できない。昇進や異動などで見る景色を変えることもできるが、それがかなわない場合は転職という決断を辞さない。
もう1つの共通点は純粋であることだ。新卒入社の勤務先で定年まで働く人を不純だと言っているわけではないが、どこかで「慣れ親しんだ職場は何かと楽」という気持ちはあるはずだ。転職をする人たちは他に何か優先したいものがあり、安泰よりも理想を追い求めてしまう。その決断は非合理的で、ときに愚かな様相を見せることもあるが、筆者はロマンとは本来そういうものだと思っている。
広島県の自宅にいながら、東京の人材関連会社でフルリモートの正社員として勤務する木内さんは北陸出身。共働きの両親と同居している祖父母に育てられ、「女性も外で仕事をするのが当たり前」という価値観を身につけた。子どもの頃から東京に憧れていて、大学浪人を経て、都心にある有名私立大学に合格。新卒での就職先は新興の金融グループだった。
「たくさんある子会社の管理をするような部署に配属されました。金融庁への報告書類を作ったりするのですが、仕事量は少なくて、居眠りしているような時間もあったんです。30人ほどの同期は私以外全員男性で、営業部門などで残業続きの働き方をしていました。せっかく会社員になったんだから私ももっと仕事したいと不満だったのを覚えています」
「居眠りするほど暇な職場」は苦痛。20代で求めた、下働きでも手応えのある毎日
入社から1年半後、「もっと仕事したい」という木内さんの望みは転職ではなく異動によってかなえられる。その会社には、1年間在籍したら希望の部署や子会社に応募できる制度があり、木内さんは法人向けの融資や投資を手がける子会社へ転籍した。
「今度も経理などの管理部門への配属ですが、社長は3つの会社を兼務していて、そのすべての管理を3人の社員でやらねばなりません。一番下っ端の私はあらゆる下働きをやりました。残業はなかったけれど、居眠りをしている暇もなかったです(笑)」
一人で何役もこなす中小企業的な働き方が性に合っていたと振り返る木内さん。1年目は「何もできずに泣きながら働いていた」そうだが、2年目からは急速に仕事を覚え、本社の人脈も駆使して活躍し始めた。3年目にもなると「社長の好みと動きが読めるようになり」、先回りして仕事をこなせるようになったという。そして、「この会社にずっといて成長できるのかな」と不安を覚え始めた。木内さん、飽きっぽいというよりもせっかちな性格のようだ。そして、独特な向上心がある。
「小さい頃からいつか海外留学をしたいと思っていました。実家が裕福ではなかったので社会人になってから自力で行くしかありません。退職して台湾に行くことにしました」
台湾を選んだ理由が興味深い。中国語を特に習得したかったわけではなく、当時付き合っていた現在の夫がアメリカにMBA留学をすることが決まっていたからだ。
「結婚して一緒に行くことも決めていたので、その前に英語圏以外に行こうと思いました。私は同じことを何回もするのが苦手なんです……」
2年間ものアメリカ滞在が決まっているのであれば、できるだけ英語を磨いておくのが普通だ。しかし、アメリカに行ったら嫌でも英語を学ぶのだから、今は英語以外を勉強したい――。この発想は木内さんの個性だと思う。
手取り15万円の市役所勤務と、孤独な昼下がり。都会の大企業出身者が流した涙
アメリカからの帰国後も木内さんの向上心と好奇心は衰えなかった。長男を出産後、地元の広島県に戻って家業を継ぎたいという夫に賛成したのだ。
「東京には10年住んだので、次は別の場所でもいいかなと思ったんです」
アメリカではビザの関係で外では働けなかった木内さん。勤労意欲が高まっていたが、夫の親族だらけの会社に加わることは避けた。1年間は専業主婦をしながら様子を見て、市役所の職員に応募。正規の地方公務員として採用された。
「外でガッツリ働くことには夫は反対しませんでした。夫とは前の勤務先での社内恋愛で、結婚が決まっても私が引き続き一生懸命に働こうとしていたことが新鮮だったみたいです」
外で働く女性の後ろ姿を子どもたちに見せるのは、大人としての責任だと考えている木内さん。市役所では外国人市民向けの窓口業務を担当した。海外経験を生かせると思いつつ、不満が募る3年間だったと振り返る。
「子どもがいる女性は能力などに関係なく窓口に行かされるんです。私がいない残業時間中などに物事が決まったりするし、手取り15万円という給料も安すぎます。子どもを保育園に預ける意味がないように感じました」
気づいたことはどんどん提案する木内さん。「都会の大企業から来た人がワーワー言っとるわ」と敬遠され否定されることが多かった。次第に自尊心が失われ、孤独感が募り、昼間にバラエティー番組を見ているだけで「東京に帰りたい」と涙を流すこともあったという。そんな職場は退職したほうが身のためだ。
結婚前に語学留学した台湾では現地の人と中国語と日本語を教え合う「言語交換」を楽しんでいた木内さん。日本語を教えることへの興味は続いており、市役所を辞めた今でも市運営の日本語教室のコーディネーターやオンラインでの日本語教師業を週1ペースで続けている。
「でも、もっと働きたいと思っていました。日本語を教えることは好きだけど、それ以外の自分のCAN(できること)を生かしたかったからです。長女が生まれたばかりの頃だったので、フルリモートで働ける職場を探しました」
SNSの募集からつかんだ正社員の座。ベンチャーの「ほめて引き上げる」企業文化
コロナ禍もあってリモート勤務が浸透していたが、それは既存社員の特権であることが多かった。最初からフルリモートでよいという条件の中途採用はなかなか見つからなかったが、現在の勤務先がSNSで経理担当者を募集していることを知る。
「東京の職場に出社できることが条件だったのですが、知り合いが間に入って口をきいてくれて、フルリモートかつ1日4時間の時短勤務で受け入れてもらえました」
間に入ってくれた知り合いは「木内さんとこの会社は色が合いそう」と言っていた。3年前に入社して、2つの点で木内さんは相性のよさを実感している。
1つは、全員で20人ぐらいのベンチャー企業なので、報連相を前提としつつも「自分で判断して自分で動くこと」が求められること。木内さんの場合は、経理と財務に関わるすべての業務を任されている。請求書の作成などのルーティンワークから新規事業の予算管理までをほぼ一人でやらねばならない。定型業務と新しい仕事の割合は半々ぐらい。ミスなくしっかり働きたいけれどチャレンジ精神もある木内さんにはほどよいバランスなのだろう。
もう1つは、勤務先に「社員をほめて引き上げる」企業文化があることだ。当初は扶養の範囲内で業務委託として働いていたが、長女が保育園に入った1年前からは正社員になれた。フルリモートで時短勤務なのは変わらない。破格の待遇といえる。
「私が上京して出社するのは年に2回ぐらいしかありません。その日は会社のみんなとごはんを食べている時間が長いです。社長と副社長はそれぞれ出張のついでに広島まで私に会いに来てくれました。それが嬉しくて……」
かつての職場では何か提案するたびに孤立を深めていた。今は違う。前向きな意見は常に歓迎され、リモート勤務でも懸命に働いて実績を上げれば相応に評価してくれる上司と仲間がいる。木内さんは何よりも心が救われたと感じ、「会社に恩返ししなくちゃ」とまで感じている。
自分は社会に何を返せるのか。心身が安定した今こそ、理想を追求したい
そんな木内さんは、会社員を続けながらこの春から大学院生になった。研究テーマは、外国人の子ども向けの日本語教材開発。大人と子ども、日本人と外国人という違いはあるが、「人材教育をサポートする」という点では勤務先の理念に沿い、大学院で得られた知見をいずれ還元できると木内さんは思っている。
「どうして今さら大学院? とよく聞かれます。自分が地方に来て親になったことが大きいです。都会と違って田舎には教師が足りていません。日本語教師として私ができることはわずかなので、子どもたちのために良い教材が不可欠だと思ったんです。長男は小学校から大学までエスカレーターの学校に入れたし、長女が小学校に上がるまでは3年あります。生活が落ち着いている今だからチャレンジできると思いました」
今度も夫は反対しなかった。お互いのキャリアに関しては不干渉で、家では仕事の話はしないという暗黙の了解があるらしいが、自分の地元でも妻が生き生きと過ごす姿が嬉しくないはずがない。
新たな勤務先で自尊心が回復し、自分の子どもたちが順調に育つのを見ながら、木内さんは大学時代の教えを思い出すことがあるという。カトリック系のエリート校だったため、一般教養科目を担当する神父から「安定した家庭で育ち、高等教育を受けさせてもらったあなたは社会に対して何を返せますか?」と問われる日々だった。
「就職先にNGOを選ぶ学生も少なくありませんでした。当時の私はその選択はしませんでしたが、機は熟したと思っています。社会に貢献することが、今ならできるはずです」
安泰よりも理想を追い求めることがロマンの形だと冒頭に書いた。しかし、木内さんの話を聞いた今は少し修正したい。弱者を助けて社会のために役立つといった理想は、心身が安定して自信がついてから実践しても遅くない。むしろ、大人の分別と資力と能力があったほうが効率的に貢献できるだろう。自分に合った転職で得られた安泰によって、木内さんのロマン追求の舞台が整ったのだ。
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