20〜30代のビジネスパーソンの中には、「市場価値」という言葉への焦りから、安易な転職を繰り返して「キャリア迷子」になってしまうケースも少なくない。単なる年収アップやキャリアアップではなく、自分自身の「幸せの軸」を持ちながら、どんな企業でも生き抜くことができる人材となるためには、どうすればいいのだろうか。
「とりあえず転職すれば…」の落とし穴
今の若者は、終身雇用への諦め、SNSによる他者との比較、自己分析への過度な傾倒という3つの悩みを抱えている。そう語るのは、アクシス代表取締役の末永雄大さんだ。これまでに1万人以上の転職支援を行い、成功に導いてきた転職のスペシャリストである。
「昔は『いい大学、いい会社に入って出世して定年』という勝ちパターンを信じていればよかったのですが、その前提は崩れ去りました。SNSを開けば、同世代の起業家や、フリーランスとして自由に働いている人たちのキラキラした姿が目に入ってくる。そうした人と自分を比較して劣等感を抱き、さらに行動できなくなる人が増えていると感じます。そんな中で『自分らしさって何だろう?』と、自己分析へ過度に傾倒する傾向が見られます。MBAのような資格取得が若者に人気なのも、自分の価値を型にはめたい、誰かに評価軸を決めてほしいという傾向の表れではないでしょうか」
空前の売り手市場の中、悩めるビジネスパーソンの中には、「とりあえず転職すれば何か変わるのでは」と考える人も少なくない。ただ、安易な転職の末には、思わぬ落とし穴が待っていると末永さんは指摘する。
「仕事がしんどい、上司が嫌だといった問題はどの会社にもあることです。にもかかわらず、『他社に移れば解決する』と考えて転職してしまうケースが少なくありません。その結果、『どこに行っても同じだ』と気づくだけで終わってしまう。こうして転職を繰り返すうちに市場価値が下がって転職できなくなったり、自己肯定感が下がってコンディションを落とし、自信を喪失してしまったりするのです」
アクシス株式会社 代表取締役
新卒でリクルートキャリア(旧・リクルートエージェント)に入社しさまざまな業界・企業の採用支援に携わる。その後、サイバーエージェントを経て2012年にアクシス株式会社を設立。転職エージェント事業とキャリアコーチング事業「マジキャリ」を展開している。これまでに1万人以上の転職支援を手がけ、その豊富な経験から得た知見を基に『キャリアロジック』(実業之日本社)、『成功する転職面接』(ナツメ社)を執筆。YouTuberとしての発信活動も行い、現代のキャリア論に一石を投じる存在として注目されている。
「ありたい姿」が、キャリアや人生における意思決定の指針となる
末永さんは、正解がない時代だからこそ、自分の指針を決めてアクセルを踏み続けることが重要だと語る。必要なのは、自分にとっての「ありたい姿」を明確にイメージすることだ。
「ありたい姿とは、〈自分の仕事や人生に対する価値観×未来〉で描かれるものです。価値観とは『自分は仕事に何を期待し、どんな意味づけをするか』ということ。これに未来に向かう時間軸を掛け合わせることで、転職やキャリア、人生全体のあらゆる選択をするときの羅針盤となります。重要なのは、価値観は常に一定ではなく、時間とともにレベルアップしていくということです」
例えば、新卒の営業マンが「お客さんに価値を届けて感謝されたい」という価値観を持っていたとする。客先を訪問する途中で栄養ドリンクを買い込み、「どうぞ!」と笑顔であいさつすれば、お客さんに「ありがとう」と感謝されるだろう。ただ、3年後、5年後、10年後も今と同じ状況だとしたら、少し物足りない。3年後には自立して課題抽出と的確な提案で価値を提供できるようになりたい。5年後には他の人にはできない独自の介在価値で差別化したい。そして10年後にはマネジメント職の立場で、チームとしてお客さんに価値を届けたい――。このように、時間とともに価値観の体現レベルを上げていくことによって、自分の「ありたい姿」が実現するのだ。
AI時代だからこそ、「地力をつける期間」が重要になる
では、ビジネスパーソンが自分の「ありたい姿」を明確にするために、キャリアの初期段階で求めるべき職場環境の条件とは何だろうか。
「1つ目は『行動量を与えてくれる会社』、2つ目は『愛情を持って厳しいフィードバックをしてくれる会社』です。失敗を恐れず試行錯誤を繰り返すことによって、仕事に対する『地力』がつき、ありたい姿も見えてくるのです」
末永さんは「自立型人材のキャリア育成」をテーマに掲げ、20代で「市場価値ベース」の年収700万円を目指すキャリアを推奨している。自立型人材とは、会社や時代など外部環境に左右されずに食べていけるキャリアを持った人材を指す。また、ここでいう700万円とは、いま在籍している会社の中での評価額(社内価値)ではなく、転職市場で通用する相場としての価値だ。
「転職市場の相場でいえば、600万円台までは、一つの職種で高い成果を上げていれば十分に到達できる可能性があります。しかし、そこから700万円を超えるハードルは実際にかなり高い。だからこそ、行き当たりばったりではなく、戦略的に専門性を磨いて自分の市場価値を高めていく必要があるのです」
ここでいう専門性とは、資格や肩書のことではない。
「私は『再現性こそが専門性』だと考えています。具体的には、①目標設定力、②逆算して計画する力、③課題を設定する力、④PDCAを回しながらやり切る力——この4つのポータブルスキルに分解できます。どんな環境でも成果を再現できる力こそが、市場で通用する専門性なのです。20代のうちにこの土台を築いておけば、その後のキャリアの選択肢を自分で選び取りやすくなります。さらに高みを目指すのか、働き方のバランスを整えるのか——外部環境に振り回されるのではなく、自分の意思で進む道を決めやすくなるのです」
末永さんは、その仕事が自分に向いていないと見切るためにも、ある程度の時間が必要だと言う。
「20代、30代のビジネスパーソンを見ていると、非常に短い期間で見切ってしまうケースも少なくありません。しかし、その仕事を見極めるには、ある程度まとまった時間が必要です。一つの目安は3年。1年目で仕事の全体像をキャッチアップし、2年目で独力で成果を再現できるようになり、3年目で後輩に教えながらより高度なレベルへ引き上げていく——こうした段階を経て、判断に必要なデータがそろってきます。もちろん期間には個人差がありますが、少なくとも1年に満たない短期間で見切ってしまうのは早すぎるのです。AI時代だからこそ、自分自身が日々の仕事の中で蓄積する一次情報が価値を生み出し、判断力と自信を育みます。そのためには時間が必要です」
「ありたい姿」を見つけ出す具体的なアプローチ
日々の仕事を通じて、具体的に「ありたい姿」を見つけるには、どのような方法があるのだろうか。
「誰にでも、仕事や人生の中で、とても高揚した瞬間、やりがいを感じた瞬間があるはずです。自分にとって『本当にこれが大事だ』と思えたエピソードを具体的に書き出してみましょう。一見するとそれぞれ異なる出来事でも、ある共通項が見えてくる。それが『ありたい姿』のヒントとなります」
ただ、こうしたプロセスを経ても、「自分のありたい姿を1人で描くのは難しい」という人は少なくないだろう。転職エージェントはその助けになるのだろうか。
「ほとんどの転職エージェントは、企業に人材を紹介することで成果報酬を受け取るビジネスモデルのため、求職者の自己分析や軸の言語化にまで介入するケースはまれだといっていいでしょう。書籍を読んで『仕事の概念理解』や『キャリアビジョンの構造化』などについて学んだり、キャリアコーチングを受けて自分の軸を言語化したりしてから転職活動に臨むことをおすすめします」
若手ビジネスパーソンにとって必要なのは、短期的な条件改善を求める転職ではなく、長期的な視点で「自立型人材」としての基盤を築くことだ。そのためには、まず自身の価値観を知り、その上で戦略的なキャリア形成を行うことで、真の市場価値向上につなげることができるはずだ。
(取材・文=梅澤 聡 撮影=諸星太輔)