本物の免許証で借りたレンタカーで現場へ

新幹線での道中「ルフィ」からテレグラムを通じてメッセージが届いた。久米川で会った男かは定かではない。しかし「ルフィ」はターゲットを知らせてきた。岡山県総社市に住む89歳の女性だという。警察官になりすました「かけ子」がその女性に電話をかけていて「あなたの情報が洩れているので、キャッシュカードを新しくしないといけない」と、すでに話はつけてある。あとはカードを受け取るだけだ、と説明する。

岡山駅で降り、駅近くでレンタカーを借りて女性宅へ向かった。レンタカー店には自身の運転免許を提出した。受け子が本物の免許証を出すなどほとんどあり得ないことだが、そうしたことにすら気づかなかった。そもそも誰も偽造の免許証など用意してくれてはいない。

上野はターゲットの女性宅に着くと、できるだけ平静に、と自分に言い聞かせ、指示されたとおりの文言を述べた。犯行は驚くほど簡単だった。むしろ善意と思い込んでいる女性からは、感謝の言葉すら伝えられた。その後は「ルフィ」から指示された場所で女性の口座からカネを引き出すだけだ。

コンビニなど計7カ所で合計120万円。実働時間はわずか1時間だっただろうか。

すぐに上野には10万円の報酬が渡った。こんな簡単な仕事で、こんなにもらってもいいのだろうか……そんなことすら感じていた。

一万円札を手にする人のイメージ
写真=iStock.com/Asobinin
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奪った総額のわずか8%でも大金だった

わずか10万円でも上野を惑わすには十分だと、指示役たちは見透かしていたのだろう。冷静に考えれば120万円奪ったうちの約8%を手にしただけだ。これでほぼ全てのリスクを背負うことになるなど、割に合うものではない。

ここでやめておけばまだ救いがあったのかもしれない。しかし、上野は久しぶりに大金を手にした興奮からか、犯罪に手を染めた興奮からか、さらなる「仕事」に突き進む。

借金返済まであと20万円――。

ひと仕事終わった直後、間髪を入れずにルフィからメッセージが入った。「この後の強盗の運転手の仕事はどうしましょうか?」と聞かれたが、断る理由がない。最初に簡単な仕事をさせ、その後、よりリスクのある仕事に移行させるというのは闇社会ではよく聞く話だが、上野はそんなことは知らない。ルフィのてのひらの上で転がされていた。

そのままレンタカーを運転し、上野は集合場所の山口県岩国市に向かう。女性宅がある総社市から約200キロの距離だ。次は5人で行う仕事で、自分の主な役割はドライバーだと聞かされていた。

そして岩国で葛岡隆憲(25歳)、石栗一樹(37歳)、北条マクサンドリ(24歳)、そして渡辺翼(26歳)の計4人と合流した。