「1億円」に沸き立つ強盗経験者たち

上野はすぐに数時間前に終えた「簡単な仕事」とは全く勝手が違うということを察した。現場の仕切り役の葛岡がカッター、手袋、結束バンドなどを配っていたのだ。その瞬間、現実に引き戻された。さらに葛岡、石栗、北条の3人の会話に耳を傾けると「あれから警察に追われてない?」などと話している。過去にも強盗をやった経験者だった。

上野はその3人から「運転手さん」と呼ばれた。明らかに小バカにされている。ただ渡辺だけは恐らく、自分と同じように初めての強盗なのだろう。顔が青ざめていた。

運転する人のイメージ
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のちにわかることだが、3人は2022年10月20日に東京・稲城市で発生した強盗致事件の実行犯で、現金3500万円と、金塊など860万円相当を奪った男たちだった。この日も北海道や宇都宮など、各地から集まってきていたのだ。上野とはそもそもの場数が全く違う。しかし、上野は引き返すという選択をしなかった。いや、いまさら尻尾を巻いて逃げることができなかったのだ。

11月7日に日付が変わるころ、岩国市のターゲット宅近くに到着した。岩国市の中心部から離れたその場所は、暗闇に覆われ静まり返っている。近くに車を止めると、車内で葛岡が説明を始めた。

「家の中には金庫が2つあるはずです。まず住人を縛り、カッターで脅して金庫の番号を聞き出します。家には高齢の夫婦が2人いるはずですが、夜な夜な飲み歩いているという話なので誰もいないかもしれない。その時は金庫ごと持っていきます。1億円ぐらいあると聞いています。おのおの家の中に入ったらやれることをやってください」

1億円と聞いて、湧き立つ男たち。しかし上野には1億円と聞いても実感が得られない、そんな別世界の数字だった。

日本刀で抵抗する住人、諦めて逃げる3人

上野以外の4人は住宅に押し入るタイミングを見計らい、午前1時ごろ、漆黒の住宅に押し入っていった。

しかし、すぐに女性の悲鳴が闇夜を切り裂いた。住人の激しい抵抗に遭っていることは容易に想像ができた。そもそも「ルフィ」から伝えられていた情報とは全く違う。

実際、3人の住人が家にいたのだが、夫と思われる男が、日本刀を抜いて抵抗してきたのだ。さらには大声で、周辺に助けを求める妻。強盗を諦めたのか3人は走って車に戻ってきた。

「すぐに出せ!」
「すぐに出せと言ったって、まだ一人戻っていない!」
「あっ!」