FV_トップに聞く(4)_PR-TIMES

株式上場は経営者にとってゴールではなく出発点だ。上場からおよそ10年にわたり、企業価値を伸ばし続けた経営者は何に注力してきたか、そして今後の10年で何を目指すのか。目線の先を語ってもらうPRESIDENT Growth連載【トップに聞く「上場10年」の成長戦略】。今回のゲストは、PR TIMES(2016年、東証マザーズ上場=現在は東証プライム市場上場)を率いる山口拓己社長――。

無味乾燥なお知らせからメディアが欲しがる情報へ

新聞・雑誌・テレビ・WEBマガジンなど取材活動を行うメディアにとって、新たなテーマを知るきっかけとなるのが「プレスリリース」だ。

ご存じの人も多いだろうが、企業や団体が伝えたい新商品・新サービス、記者発表会などのニュースを「プレス(報道機関や記者)向けに公式発表する」もの。その昔は郵送やファクシミリだったが、現在はメールで毎日さまざまな内容が届く。記載されたURLにアクセスしたり、QRコードを読み取ったりすれば関連情報も入手できる。

このプレスリリースを無味乾燥なお知らせではなく、メディアが欲しがる情報へと進化させ、事業を拡大してきたのが2007年にサービスを開始した「PR TIMES」だ。企業などクライアントが作成したプレスリリースを、多数のメディアや記者・編集者を網羅した独自のネットワークを使い配信する。ネットワークの規模は「1万以上のメディアと2万7000人を超える記者・編集者」に及ぶ。今や同社は「日本最大級の配信プラットフォーム」なのだ。

創業者である山口拓己社長は「プレスリリースが報道向け資料であることはサービスを開始した2007年も2025年も変わりません。でも、その内容は大きく変わりました」と語る。創業以来の事業の伸びと変化について、山口氏にインタビューした。

上場企業の6割超、10万以上の企業・団体が利用

「PR TIMESを利用される企業・団体は2024年7月に10万社を突破しました。現在は上場企業の6割以上にご利用いただいており、以前は少なかったBtoB(企業対企業)の製造業にも広がっています。サービス開始当初は9割以上を飛び込み営業で獲得しましたが、現在は逆に9割以上が、お申し込み・お問い合わせ経由になりました」(山口社長、以下特記のない発言は同氏による)

業績を見てみよう。2025年2月期決算は、連結売上高「80億300万円」(前期比117%)、営業利益「18億7700万円」(同108%)、経常利益「18億7300万円」(同109%)と18期連続の増収だった。

PR TIMES山口拓己社長
PR TIMES社長
山口 拓己(Takumi Yamaguchi)

1974 年1月生まれ、愛知県豊橋市出身。東京理科大学理工学部を卒業後の96年、山一証券に入社。99年10月、アビームコンサルティングに入社。2006年3月、ベクトルに入社し、同6月、ベクトル取締役CFO(最高財務責任者)。07 年4月に「PR TIMES」を立ち上げ、現職。

なぜ書き方を指導しないのにプレスリリースに「情緒的価値」が加わったか

前述した通り、PR TIMESの強みとはまず「日本最大規模の配信プラットフォーム」であることだ。しかし、そうした“量”とは別に、配信するプレスリリースの内容に“質”が伴っていることも近年の特長といえるだろう。同社がPRのプロとして、プレスリリース作成のコンサルティングを行っているのではないか……というのが筆者の事前の見立てだった。

ところが山口氏によれば、意外にも「原稿はあくまでもお客様(クライアント企業)の経営者や広報担当者が作り、当社は指導しません」という。

「タイトルや最初のリードは大切です。読み手であるメディアにとって興味や関心を持つ話なのか、最後まで読みたいと思っていただく必要があります」と語り、効果的な作成ノウハウを同社が蓄積していること自体は否定しない。

だが、あくまでも「自然に現在のような情緒的価値を含むリリースの形ができました」というのである。

ネット環境の充実にともない、PR TIMESが配信するものを含め大量のPR情報が飛び交う中で、発信者である企業や広報担当者が「記者・編集者の心に届くプレスリリースづくり」の感度を高め、切磋琢磨をするうちに次第に上達してきたということなのだ。

そうした流れを経て、プレスリリースのあり方そのものが変わってきた。山口氏はPRの本質を次のようにとらえている。

「私たちはPRによって人や組織の行動が変わると信じています。InstagramやTikTokもそうですが、SNSによって日常の行動習慣が変わったという人は多いでしょう。PRも同じで、やり方次第で事業活動や関わる人の視点や意識が変わっていきます。東京の大企業も地方の個人商店も全て対象で、グローバルでも展開できる手法です」

具体的な事例を紹介したい。

2025年5月23日、創業半世紀を超える個人系カフェチェーン「サザコーヒーロースター」(本社・茨城県ひたちなか市)がPR TIMESでこんなリリースを配信した。

「初の共同開発! 大洗町×サザコーヒー『大洗コーヒー』誕生」というタイトルで、茨城県大洗町と官民一体で開発した新商品のコーヒーを紹介している。 (https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000122.000042534.html

商品企画の背後にあるストーリーを紹介し、大洗町は人気アニメの聖地であるという耳目を引く情報も取り入れ、単なる商品紹介にとどまらない「読み物」に進化させている。山口氏がいう「情緒的価値」を感じさせるプレスリリースである。

PR大手の「社内起業」としてスタート

「PR TIMES」の前身となったものがある。「キジネタコム」というコンテンツだ。

「企業広報とメディアとをウェブでマッチングさせるサービスとして立ち上がったのですが、肝心の“ネタ”も集められずに休眠状態でした。そこでクローズしてビジネスモデルやコンセプトを練り直したのです」

実は、同社の親会社はPR業界の大手として知られる「ベクトル」で、山口氏は2006年に入社して取締役CFO(最高財務責任者)を務めていた。

「私は新卒で山一證券に入社したのですが、1年で退職。山一はその半年後に経営破綻しました。その後コンサル会社などを経て、ベクトルにはIPO(株式公開)の責任者として加わりました。

入社時は会社の業績が低迷中で、当時サービス停止して休眠状態だった『キジネタコム』で事業を立ち上げることにしました。その頃の私はPRの世界では素人同然。そこで事業の現状把握だけでなく、プレスリリースの成り立ちや役割を学びながら、今後の展開を構築したのです」

さまざまな気付きがあった。当時のプレスリリースは発信側の目線である“プロダクトアウト”の情報が多く、メディアや世間が欲しい“マーケットイン”の情報が欠けていた。

会社設立から2年までなら無料、「スタートアップチャレンジ」とは?

一気に変革ではなく徐々に進化したというが、ターニングポイントは何だったのか。

「サービス開始時には無料プランもありましたが、集まる情報の質が悪く半年で廃止しました。しばらく利用数が伸び悩みましたが、良質な情報を届ける方向性が定まったのです」

有料でもプレスリリースを発信したい企業が残り、一定の品質が担保された。その後の情報環境の変化も追い風となった。2010年代に入るとスマートフォンが急速に普及し、いつでもどこでも情報が手に入り、自分たちで発信しやすい状況が整う。

「画像や動画の活用をお客様(クライアント)が自ら手掛け、それに感化される形で切磋琢磨していき情報の質も高まりました。画像や動画の撮影や編集作業は手間がかかりますが、お客様の情熱にも恵まれました」

2015年からは「スタートアップチャレンジ」というプログラムを開始。会社設立から2年までなら、条件をクリアすれば業種を問わず、PR TIMESのプレスリリース配信が月1回、計10件まで無料で使えるプログラムだ。スタート当時とは時代も変わり、リリース情報の質も進化した。

自己採点は「60点」と辛めの理由

同社の株価についても見ていきたい。

2016年3月31日、PR TIMESは東京証券取引所マザーズ市場(当時)に新規上場した。公開価格は「1340円」、当日の東証始値は「2130円」だった(上場に当たり4分割)。

現在は東証プライム市場に移行、株式分割を2回実施したので単純比較できないが、本稿執筆時の株価は2944円、時価総額は約398億万円となっていた(2025年7月17日終値)。業績を含めて、これらの数字を山口氏はどう見ているのか。

「現時点で自己採点すれば『60点』で、ギリギリ合格の数字です。例えば業績を毎年25%成長させて10年続けると10倍近く(約9.3倍)になりますが、達していません。

プレスリリースの世界では一定の評価を頂くようになりましたが、競合が少ないというのは慢心で、生活者の意識を変えたSNSのような存在が現れれば危機にもなります」

2024年のプレスリリースのキーワードで多かった「生成AI(人工知能)」をどう見ているのか。

「成長の機会でもあり脅威でもあります。ただPRの本質からずれて効率化重視のツールとならないよう、節度を持って向き合いたいです」

PR TIMES山口拓己社長

中期経営「目標」の最終年度

今後、企業のさらなる成長につれて体制も変わるだろうが、コーポレートガバナンス(企業統治)をどう考えているのか。

「当社は、誰もがプロフェッショナルとして対等に意見できて、責任者がトップダウンで意思決定する組織であることを大切にしています」

自由闊達に議論しつつ、決まった案件はそれぞれの立場で進めてほしいという意味だ。

「ボードメンバーについては、私を含む取締役6人(うち4人は社外取締役)、監査役4人(全員が社外監査役)で、2025年4月からは執行役員5人体制をスタートさせています。また、親会社とのビジネスの比率は1%しかなく、事業の透明化も進めています」

「経営計画」についても独自のやり方を行う。

「当社は中期経営計画ではなく、5年の『中期経営目標』を掲げています。現在は2025年度を最終年度とする中期経営目標『Milestone2025』が進捗中です。最終年の今年度は「売上高の19期連続増収、営業利益の2期連続での過去最高更新」を掲げています」

最後に「後継者にはどんな人材を考えているのか」を聞いてみた。

「社内では『役員育成プログラム』を実施しています。そこから提案が来るのが理想です。人材像としては『私よりもPR TIMESの可能性を信じられる人』となります」

かねて「自分より優秀な経営者はごまんといる」と話す山口氏。大向こう受けする言動はとらないが、地道に事業と存在感を拡大させてきた。

(文=経済ジャーナリスト・高井尚之 撮影=石橋素幸)

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