株式上場は経営者にとってゴールではなく出発点だ。上場からおよそ10年にわたり、企業価値を伸ばし続けた経営者は何に注力してきたか、そして今後の10年で何を目指すのか。目線の先を語ってもらう【トップに聞く「上場10年」の成長戦略】。今回のゲストは、弁護士ドットコム(2014年12月、東証マザーズ上場=現在は東証プライム市場)の創業社長である元榮太一郎氏だ。同社は弁護士検索・法律相談の「弁護士ドットコム」や、電子契約のデファクトスタンダードとなった「クラウドサイン」を展開する。「前例なき領域」を開拓し続けてきた経営者の真意に迫る。
「ヤフトピ」常連の裏側――ビジネスパーソンを引きつける独自取材
毎日オンライン記事をチェックする人は「弁護士ドットコム」というクレジットを目にしたことがあるかもしれない。
世の中で起きた事件や出来事を、専門の立場から弁護士が解説する記事(弁護士ドットコムニュース)を配信。「ヤフトピ」こと、ヤフーのトピックス(編集部が厳選した記事)に掲載されることも多い。
サイトに登録する弁護士に気軽に相談できる「弁護士ドットコム」と、そこから派生した「弁護士ドットコムニュース」を始めたのが、同社を創業した元榮太一郎氏だ。
東芝の半導体部門に勤めていた父親の仕事の関係で米国シカゴで生まれ(3歳まで当地で暮らす)、日本に帰国後、中学2年生からは一家でドイツに渡り生活した。こうした生い立ちや経歴も影響しているのだろう。元榮氏はこれまで前例のない活動に挑み、市場を自ら創り出してきた。
そんな経営者は、どのような視点で事業を行っているのか。
リーガルとプロフェッショナル領域の“民主化”を掲げてきた
まず、「弁護士ドットコム(会社)とはどのような会社か」を尋ねた。
「端的にいえば、リーガル(法律業務)とプロフェッショナル領域の“民主化”に情熱を注いできた会社です」
元榮氏はこう話し、次のように続ける。
「弁護士をもっと身近な存在にしたいとの思いから(事業としての)『弁護士ドットコム』をつくりました。そして、紙とハンコ(印章)による契約業務の非効率さを解消したいという思いで『クラウドサイン』を立ち上げました。さらに現在、法務領域の煩雑な業務に忙殺される弁護士やビジネスパーソンを解放するため、統合型・法務AIエージェント『LegalBrain(リーガルブレイン) エージェント』を展開しています」
世の中に先駆けて起業し、株式上場の原動力となった「弁護士ドットコム」と、上場後にスタートした「クラウドサイン」の2つが主力事業だ。2026年3月期の売上高構成比は、プロフェッショナル支援事業(「弁護士ドットコム」等)が46%、クラウドサイン事業が54%となっている。
「苦労して勝ち取った弁護士資格」を襲った、司法改革の激震
同社の成り立ちは、同氏の問題意識とも深く結びついている。
元榮氏が弁護士を志したきっかけは、大学2年時に起こした自動車の物損事故だった。相手方の保険会社から厳しい過失割合を示されたが、法律相談会で出会った弁護士のアドバイスをもとに交渉したところ、過失割合が劇的に下がった。「弁護士という存在は、これほどまでに人を救えるのか」と強い感銘を受けたという。
大学4年の冬は受験勉強に専念し、卒業後に初の挑戦で司法試験に合格する。一方で、当時は「司法制度改革」の波が押し寄せていた。
「2000年4月に司法修習生となりましたが、日本経済新聞に『司法試験合格者数を3000人に増やす』という記事が掲載されました。それまで1000人だった合格者の門戸が一気に広がることを知り、大きなショックを受けました」 (※2015年以降は「合格者数はおおむね1500人程度」とする方針に改定)
焦りを覚えた元榮氏は、差別化のために「弁護士+α」の強みを思案する。
「プラスアルファは、国際弁護士としてのスキルなのではないかと思い、先端的な企業法務を手掛けるアンダーソン・毛利法律事務所(現・アンダーソン・毛利・友常法律事務所)の門をたたきました」
そこで担当したM&A案件を通じ、急成長するベンチャー企業の熱量に触れることになる。
「インターネットの計り知れない可能性を肌で感じ、『これを駆使して、自分も何かを成し遂げたい』という思いが沸き上がりました。新興企業が上場資金を活用して事業買収を進める怒濤(どとう)の勢いにも、強い衝撃を受けました」
「ネット×弁護士」は非弁活動か? 赤字に耐え続けた不屈の8年間
「弁護士数の増加で、生き残りが厳しくなる」という危機感から起業を模索し始めた。
「起業家の本を読みあさると、自分の強みを武器に起業した人の勝率が高いことに気づきました。そこで『法律』『弁護士』に『インターネット』を掛け合わせる構想に至りました」
事業のヒントとなったのは、“引っ越し業者の比較サイト”だった。
「この仕組みを弁護士に置き換えられないかと考えました。困っている人が誰でも弁護士と繋がったり、業務を比較検討できたり、気軽に相談できたりするプラットフォームをネット上につくれば面白いと思いました。そこで調べてみると、当時は1つも前例がなかったのです」
これが「弁護士ドットコム」サイトの誕生の原点となる。構想の翌週には事務所に退職を申し出て、引き継ぎを終えた2005年1月に起業。だが、少し時代が早すぎたようだ。
ビジネス現場では「待っていても仕事は来ない」というが、弁護士は長年、各地の「弁護士会」に所属していれば案件が流れてくる側面もあり、新サービスの登場に業界は懐疑的だった。
「一般市民と弁護士をネットでつなぐサイトは、非弁活動(弁護士法72条=報酬を得て法律事務のあっせんや仲介を行うことを原則禁止)に該当するのではないか、と指摘されたこともあります。事務所の同期(20人)も全員が、私の行く末を心配してくれました」
大先輩のベテラン弁護士にもアドバイスを仰ぎ、非弁活動に該当しないよう「弁護士の月額登録料は無料、紹介手数料は一切取らない」というビジネスモデルを構築。しかしそれでも前例のない事業の黒字化は困難を極めた。赤字はなんと8年間に及び、本業である弁護士業務の報酬で補填(ほてん)し続ける日々が続いた。
人件費の工面、相次ぐ退職……社員の士気を保つのに最も苦心した
無料での運営を維持するために広告で稼ごうとしても、ニッチな法律分野ではバナー広告などの単価が低く、苦戦が続いた。会社の将来性を危ぶんだ創業メンバーの退職も相次いだ。
「サーバー代や人件費の工面だけでなく、残された社員の士気を保つことにも神経を使いました。今後さまざまな困難が起きたとしても、あの時の状況に比べれば大丈夫だと思えます」
この間に時代も動く。大阪弁護士会がネット法律相談に関する規則を制定し、日本弁護士連合会(日弁連)とのすり合わせを経て、「弁護士がサイトに支出する場合は、期間とスペースに対する料金であれば、広告費とみなされ問題なし」との見解が示されたのだ。
これを機に業界の意識も変わっていき、サイトに登録する弁護士も激増。2013年から登録料の有料化へ踏み切った。現在では国内の弁護士において61%のシェアを占める約2万9000人(2026年3月現在)のネットワークを確立。同サイトを利用する企業や富裕層に向けた広告(BtoBやBtoC)でも収益を上げている。
「猫ひろし」の記事が風穴を開けた。認知度を爆発させた逆転劇
「黒字化するまでは苦労しましたが、無料で展開していたので『弁護士ドットコム』のサイトは、年々、月間訪問者数が増えていました。そこで耐えられるうちは耐えてサイトを成長させ、競合の参入障壁を強固にしてから有料化へ切り替える戦略を取ったのです」
狙いが当たり、有料化後は一気に成長速度を加速。収益性は劇的に改善し、わずか1年4カ月後に株式上場を果たす。
こう記すと問題なく拡大したと思うかもしれない。実は冒頭で触れた「弁護士ドットコムニュース」の成功が、「弁護士ドットコム」のブランド価値につながった。
「弁護士ドットコム」は2005年のサービス開始当初も新聞やヤフトピに取り上げられて注目を集めたが、月間訪問者数は約70万~80万人で伸び悩んでいた。そこで元榮氏は過去の成功体験を再現すべく、当時のヤフーのニュース編集責任者と直接交渉。「一定の反響が得られればニュース提供社として採用する」という約束を取り付けた。
早速会社に持ち帰り、1人の社員を担当者にして生み出されたのが、伝説的なヒット記事だ。
「カンボジア人になった猫ひろし 二度と日本国籍に戻れない可能性」(2012年4月配信)
「タレントの猫ひろしさんがロンドン五輪出場を目指してカンボジア国籍を取得したものの、最終的に代表になれなかったというニュースがありました。企画案の中にこれがあり、『では、日本国籍に戻れるのか?』という切り口で弁護士の見解をまとめて配信したところ、インターネット上で爆発的に拡散されたのです」
初回面談からわずか2カ月での記事化、4カ月後には正式なニュース提供社へ。この成功がサイトの認知度を一気に引き上げ、登録ユーザー数を爆発的に増加させる原動力となった。
「紙とハンコ」の非効率性を変えた「クラウドサイン」
もう一つの柱である電子契約サービス「クラウドサイン」も、上場後の10年間で成長した。
「立ち上げを決断したのは上場前ですが、サービス開始は2015年10月です。当社の上場後の大きなターニングポイントとなりました。電子契約市場には2000年代から事前認証を要する『当事者型』が存在していましたが、当社は圧倒的な使いやすさを追求し、第三者が承認する『立会人型』を採用しました」
「当事者型」は契約する本人が、法務省に認められた機関(認証局)から事前に電子証明書を取得し、自ら電子署名を行う方式だ。一方の「立会人型」は事前準備が不要で、直感的な操作で契約を完結できる。このUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)の優位性が評価され、市場を急速に席巻していった。
現在ではグローバル大手の「DocuSign」(ドキュサイン)を抑え、「クラウドサイン」が国内取引におけるデファクトスタンダード(事実上の標準)の地位を確立。使い勝手に加えて、「弁護士が創業した会社が提供するサービス」という信頼性も、法務部門への浸透を後押しした。
この事業も、「大手弁護士事務所時代に感じた“紙とハンコ”の非効率を解消したい」という元榮氏の問題意識から生まれている。コロナ禍におけるリモートワークの普及も追い風となり、一気にビジネス現場に浸透していった。収益源は月額利用料や従量課金などだ。
自己採点は「50点」。基礎体力を蓄え、再び成長軌道へ
業績を見てみよう。2026年3月期決算は売上高162 億8800 万円(前期比15.7%増)、営業利益22億400万円(同58.7%増)、経常利益21億9700万円(同56.3%増)。2027年3月期決算は売上高205億円(同25.9%増)、営業利益30億円(同36.1%増)を見込む。
株価についてはどうか。本稿執筆時の株価は「2393円」(2026年7月9日終値)、時価総額は約547億円(同7月9日時点)となっていた。
「自己採点は『50点』です。かつて株価が1万5880円(2020年10月21日)という上場来最高値を記録した時期と比べると現在の株価水準は低く見えますが、当時は市場の期待値が先行していた面もありました。現状のPER(株価収益率)は約25倍と、日本の上場企業のアベレージ水準です。また、最終利益にあたる当期純利益は前期に約15億円を計上し、今期は20億円と6期連続で過去最高益を更新する見通しです。期待先行のフェーズを脱し、足元を固めて地に足がついた状態になり、企業としての基礎体力が着実についてきたと実感しています」
第3の柱「リーガルブレイン」の衝撃
今後10年に向けて、元榮氏は会社をどう進化させていくのだろうか。
「2025年に提供を開始した統合型・法務AIエージェントの『LegalBrain エージェント』が好調です。『クラウドサイン』立ち上げ時と比較して4倍という勢いで拡大しています」
「LegalBrain エージェント」は検索だけではなく、対話形式で法的な論点やリスクを整理してAIと壁打ちができる。書籍、判例、法令、ガイドラインといった膨大なデータをAIが網羅的に探索するため、法務関係者の調査時間を大幅に短縮できるサービスだ。
「会社を設立した2005年の『弁護士ドットコム』、2015年の『クラウドサイン』と、当社は10年ごとに事業の柱を生み出してきました。2025年に生まれた『LegalBrain エージェント』を第3の柱に育て、リーガルとプロフェッショナル領域の“民主化”をさらに加速させていきます」
企業の現場が抱いているAIのハルシネーション(誤情報)に対する懸念に向き合い、それを払拭する高精度なソリューションを提供し続けられるかが今後の課題だろう。
司法改革という大波を受けながらその波に乗った弁護士ドットコム。「ピンチはチャンス」をモットーに、新たな技術の波と向き合い、事業の舵取りを進めていく。
元榮 太一郎(Taichiro Motoe)
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1999年に司法試験に合格。司法修習を経て2001年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。M&A、ファイナンス案件など先端的な企業法務に携わる。2005年に独立し、元榮法律事務所(現・弁護士法人Authense法律事務所)を開所。同年、オーセンスグループ株式会社(現・弁護士ドットコム株式会社)を起業。2014年には法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」を運営する弁護士ドットコム株式会社を、弁護士として日本初となる株式上場(東証マザーズ)へと導く。
2016年には第24回参議院議員通常選挙で千葉県選挙区から自民党公認候補として立候補し当選。6年の任期を終え、2022年からはAuthense法律事務所と弁護士ドットコム株式会社のCEOとして、さらなる持続的な企業価値を創出。2025年12月には、弁護士ドットコム株式会社がプライム上場。Authenseグループを日本の成長戦略を牽引する企業群へと成長させるべく、研鑽を続けている。著書に『弁護士ドットコム 困っている人を救う僕たちの挑戦』(日経BP)、『「複業」で成功する』(新潮新書)、『世界は法律でできている 弁護士ドットコムの奮闘とこれから』(日経BP/上阪徹氏との共著)など。第二東京弁護士会所属。
(企業概要)
弁護士ドットコム株式会社
・事業内容
「弁護士ドットコム」の開発・運営
「弁護士ドットコムニュース」の運営
「税理士ドットコム」の開発・運営
「クラウドサイン」の開発・提供
「BUSINESS LAWYERS」の運営
「キャリア支援サービス」の運営
「LegalBrain エージェント」の開発・提供など
・法人設立 2005年7月4日
・資本金 5000万円(2026年3月に減資)
・連結売上高/経常利益 162億8800万円/21億9700万円(2026年3月期)
・従業員数 659名(単体、2026年6月時点)
・本社所在地 東京都港区
(文=経済ジャーナリスト・高井尚之 撮影=石橋基幸)