インタビュー当日、個人事務所のオフィスと仕事場を兼ねる都内の自宅を訪ねると、ロングコートを羽織り、杖などを頼ることもなく、少し猫背気味ながら、しっかりとした足取りで歩いて戻ってきた田原氏とタイミングよく顔を合わせることになった。首相官邸で取材をして帰宅したところという。多少の毀誉褒貶はあれども、現役のベテランジャーナリストとして影響力のある人物であると衆目は一致するところであろう。

しきりに、「僕は才能がないし、能力もない。頭も悪い」と繰り返す田原氏に、「世間の多くの人は才気あふれるインテリと思っているのでは……」と問いかけるや、よく知られる田原節の大きな声が放たれてきた。

まったくそんなことないっ!

田原総一朗氏
撮影=遠藤素子
穏やかな口調から一転、テレビでよく見る「田原節」が響く

「当事者に会って一次情報を確かめたい」

僕はいったん早稲田大学の二部(夜学)に入ってから一部に再入学したこともあって、大学に7年もいて、本来はネクラだし、お話ししたように、めぼしいマスコミ10社の入社試験に全部落ちた。それで岩波映画という小さな制作プロダクションに入った。カメラ助手から始まるんだけど、僕は機械が全然わからない。ミスばかり起こして、半月で現場から外されて落ちこぼれちゃった。挫折の連続ですよ。3年後に、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に開局準備段階から入った。

1970年代に原発反対運動が広がっていったんですよ。僕はね、とにかく当事者に会って一次情報を確かめたい。だから、推進する人、反対する人、両方の中心的な人物に次々に会って確かめる。疑問に思ったことを質問する。違うと思えば反論する。世の中の価値観が180度変わるという経験を2回もしているから、賛成、反対のどちらかに極端に合わせるのは危険だと思っている。日本の安全保障を強化すべきか否か、あるいは地球環境を悪くさせないためにCO2を削減しなければならないなら、再生可能エネルギーのうち、太陽光、風力発電、地熱利用、何を活用すべきなのかと、賛否両論それぞれの人に聞いているうちに、だんだんリアリティーを持って考えられるようになってくるんです。

経済成長についてもそうでしょう。あんまり経済成長をさせようとすると地球環境を壊すことになる。貧富の差がより激しくなる。中国やロシアとの外交も同じだと思います。世の中には完全な正解があると考えるのはとっても危険だと僕は思いますね。

田原総一朗氏
撮影=遠藤素子
「正解はない、だから自分で確かめたい」。田原さんはインタビューで何度もこの言葉を繰り返した。価値観は時代状況によって変わる。だから、さまざまな立場の人たちに会って、話を聞くことの重要性を強調した。

東京12チャンネルを「事実上のクビ」になった

失敗といえばね、僕が42歳のときのことです。原発反対運動が大きくなる一方で、推進運動の勢力が出てきた。で、調べていったら、推進派のバックに最大手広告代理店、電通の存在があるとわかってきた。それで、僕は当時、東京12チャンネルのディレクターでありながら、筑摩書房から出ていた『展望』という月刊誌に、2回、電通批判を書いた。